ガンが完全消滅!白血病から奇跡の生還

白血病で7ヶ月の闘病生活

私は2012年、年明けからカラダの不調を訴えることが増え始めました。最初は風邪のような症状でした。熱が出ては下がり、暫くは回復しましたがカラダは怠いし重く、すぐに休まないと体力が持たない状態でした。2月になってからも高熱が出る風邪のような症状や貧血など、これは風邪ではないと思いました。

 

近くの国立病院で2時間も待たされました。その後、問診を受けて血液検査です。結果では悪性のインフルエンザかガンかもしれないと言われました。専門の病院で診察することを勧められて紹介状を書いて頂きました。翌日、某国立病院で血液検査をして診断を受けました。

 

 

検査結果が出るまで2時間くらい待ちますと言われました。食事を済ませて待合室で待っていました。至急、米岡勝久さんは診察室にお越し下さいと院内放送が掛かりました。先生から血液中にがん細胞があります。白血病だと思われます。すぐに入院して下さい。

 

何が何だか分からない状態でしたが、入院の手続きをしてから家族に連絡をしました。最初は妻に連絡しました。「急性骨髄性白血病になったよ。すぐに今日から入院だ。」

 

その時、いろんなことが脳裏を駆け巡りました。当時、娘は一歳八か月です。死ぬわけにはいかない。これからの家族の生活、入院費用、自分のことよりも経済的なことが心配でした。

 

悩んでも時間が過ぎるばかり、次に母親に連絡しました。お母さん、氣持ちをしっかり持って聞いてくれ、俺は急性骨髄性白血病になった。万が一のことも準備しておいて!と告げました。

 

血液中にがん細胞が47%侵食されていました。このままだと2か月持たない命でした。すぐに入院して絶対安静の状態を余儀なくされました。ガンは突然変異です。予測できないと言われます。今3人に1人はガンになると言われています。私は白血病はガンではないと思っています。

大沼四廊さんの著書、がんの盲点・白血病はがんではないに記されていますが、造血障害としてのがんではなく、異常に疲れたときに骨髄液ばかりでなく、抹消の血液中にも見られる「疲労細胞」だったということです。このように述べられています。私も全くその通りだと思います。

 

私がガンになった経緯に思い当たる節が多々あります。5年間、ほぼ休まず仕事をして無理してたこと。お昼ご飯は3合のかつ丼、晩酌では2日にお酒一升を飲み干すペース、夜中に必ず、目が覚めて眠れない毎日・頑張らないといけないと言う思い込みが強すぎたのです。

 

自分の内側から感じて行動したのでなく、周りに流された行動・言動の積み重ねによって大病を患ったと思います。私と同じように暴飲暴食を続けても病氣にならない人もいます。その大きな違いとはカラダと心を休息する時間があるかなのです。

 

当時を振り返ると毎朝お酒が残っていて、いつかは大病になると予感がありました。しかし、強いストレスから逃れるためにお酒を止めることが出来ませんでした。私は5年間も暴飲暴食を繰り返しても全く太りませんでした。このことがおごりだったのです。

 

ここで勘違いしてほしくないのはお酒が悪いわけでないのです。どんな気持ちで飲んでいるか?カラダは意識とイメージが具現化します。建て前だけを口で発しても最終的には意識とイメージが勝ります。今の状態とは過去の積み重ねによってカラダに表れるものです。

 

今でもお酒は欠かさないです。好きなものを食べて好きなときに休みを取っています。自分で決めたことを行動に移して自分のペースで生活を送っています。あれが悪い、これが悪いと勝手な自分の判断で決めつけず、自分の内側から感じたことを元に行動しています。普段の考えた・食べ方・カラダの動かし方が今の生き方を表現します。

 

生活習慣の積み重ねでつくられたカラダや人格は、生活習慣を調和させて積み重ねるしかないのです。生活習慣病の特効薬など存在しないのです。気づき・行動・継続に勝る妙法はないと言えるでしょう。大切なことは勝手に決めつけないことです。自分の内側から感じたことを素直に受け止めて、行動に移して具現化していけばいいのです。世間や周りは関係ありません。

 

 

当時の私は白血病に罹ったことを受け入れるまで暫く時間が掛りました。インターネットで調べたら白血病には沢山の種類があることが分かりました。骨髄検査の結果次第で科学療法か骨髄移植かが決まります。リスクの少ない科学療法にならないかと願うばかりでした。一日でも早く退院して、普通の生活に戻りたい一心でした。

 

入院してから数日後、主治医から家族同伴(妻)のもと、血液検査では異常マーカーが発見されたのでおそらく急性骨髄性白血病だと思います。詳しい病名は骨髄検査の結果次第で判明します。結果は2~3週間後です。その結果次第で骨髄移植・抗がん剤治療になるかが分かると説明がありました。

 

それによっては入退院の繰り返しもあります。5年生存率20%以下です。亡くなる人もいます。治る可能性もある。このような説明を受けました。とにかく最悪のことしか耳に残りませんでした。検査結果が出るまでは、いつも不安に脅えながら過ごしていました。生きるか死ぬかの怖さよりも、この先どうなるだろう。未来が見えない不安のほうが遥かに氣分が落ち込みます。

 

私は2012年3月22日から10月19日に至るまでの約7か月間、入院生活を送りました。途中2週間の退院期間がありました。約7ヶ月も寝たきりに近い状態で過ごしました。入院初日、急いで車で自宅に戻り着替えなどをバックに詰め込み病院に戻りました。

 

 

とにかく、何とかしなければいけない。この言葉は今でも口癖のように言っています。入院初日が3月22日の木曜日、土曜日に一時帰宅して家族と最後かもしれない食事をしてから病院に戻りました。

 

 

一時帰宅は許されない状況だったにも関わらず、主治医の先生に懇願して外出許可を頂きました。普通に考えたら血液中には47%以上、ガンに侵されている状態では菌やウイルスが体内に侵入して、すぐに死に至るのです。私の並々ならぬ思いが先生に伝わったかもしれません。

 

私は外出許可を頂き、真っ先に向かったのが量販店でした。パソコンをインターネットに繋げるWi-Fi契約をしてきました。カラダはフラフラの状態です。気力を振り絞り車を運転しました。お店に着いてから窓口まで行くのにも壁や手すりに掴まって歩いていきました。

 

入院費・生活費、経済的な不安のほうが自分のカラダよりも上回っていました。入院しても一家の主として出来ることはないだろうか。ブログからお金を稼ぐしかないと思いました。私の考えに共感して頂ける人を集めて、メソッドを紹介していきました。

 

入院した翌週の月曜日に骨髄検査をしました。この検査によって詳しい白血病の状態が判明します。その結果が2~3週間後に出ます。冒頭でも言いましたが、結果次第では生命が救われるかが決まると言っても過言でないので頭の中から離れませんでした。死ぬ怖さよりも、この先どうなるのだろうと言う不安が大きかったです。

入院して6日目の火曜日に抗がん剤治療が始まりました。腕の静脈から点滴によって抗がん剤が体内に入っていたとき、何とも言えない気持ちになりました。俺のカラダに抗がん剤が入った。ドクドクと入っていく感じが白血病になったのだと自覚しました。今でも忘れません。

 

私は計5回、抗がん剤治療を受けました。最初は命を救うための抗がん剤治療です。副作用が最も辛かったのも最初でした。まず、二日目には髪の毛が抜け始めて三日間で全て抜け落ちました。ショックでした。

体力はドンドン落ちていき、鼻血が止まらないし、鼻の下に吹き出物が腫れて全く治る気配もない状態でした。

極め付けは50cm先に置いている携帯電話が取れなかったことです。当時、勤務していた職場のオーナーさんから電話が鳴りました。ベットの隣に置いてあった携帯電話のバイブ音がなり、電話を取ろうと思ったのですが会話をするエネルギーが湧いてこないのです。とにかく身体が怠くて、そんな気になれないのです。

自然と涙が溢れてきました。自分に情けない。悲しみが止まりませんでした。

これが抗がん剤の副作用か、食欲も全くなく吐き気もあります。吐き気止めを点滴で体内に入れても気持ちが悪くて2週間くらいは食事が喉に通らない感じでした。

 

一回目の抗がん剤治療で体重が7kg減りました。抗がん剤治療は24時間、約1週間あります。その後、約3~5週間、経過観察をします。血液の状態が元に戻るので、再度、骨髄検査をしてガンの状態を検査します。

抗がん剤は新陳代謝の活発な細胞を叩き潰すと言う治療法です。髪の毛は新陳代謝が活発なので抗がん剤の餌食になるのです。最初の抗がん剤治療が終わりました。血液量が回復してきました。始めての外泊許可が出て自宅に一拍二日で戻りました。自宅での食事が格別に美味しく感じました。

 

入院中、本当に沢山の人に支えられました。

 

入院した翌日には新潟から義母が上京して生活をサポートして頂きました。私が一時帰宅をした時、義母が新潟に帰るので東京駅まで車で送っていきました。それが命を縮めるような行為だったのです。人混みに行けば、沢山のウイルスや菌が体内に侵入してきます。

 

案の定、病院に戻ったら熱が出ました。抗がん剤治療が延期になりました。主治医の先生に凄く怒られました。私としてはお世話になった人にすぐ恩返したい一心の行動が仇となったのです。今振り返ると、一見無謀にも見える行動には裏打ちさせた確信があったからです。確かに私は病氣になったけど病人にならなかったのです。これはカラダと心が衛ってくれたのです。

 

人間は本当の苦しみを体験すると心から感謝出来るのです。生きるとは生かされていることです。人間は1人では生きていけないのです。人に支えて生きているんだと認識するのです。

 

入院して3週間後だと思います。骨髄検査の結果が出ました。いよいよ、検査結果の当日になりました。主治医から妻同伴のもと告げられました。染色体8;21を有する急性骨髄性白血病、陽性反応。予後不良、5年生存率20%以下、抗がん剤治療では完治しないと見なされました。骨髄移植をする治療方針となりました。

 

主治医から「まずはドナー探しです。血縁者から探していきます」と告げられました。愕然としましたが、すぐにドナー探しを始めました。

 

私の心境は藁をもすがる思いではなかったです。正直に申し上げると疎遠になっている姉とは一致して欲しくなかったと思っていました。世の中の条理とは思った通りになるものです。姉の造血幹細胞と一致したのです。感覚的に受け入れることが出来なったのです。

 

何日か経過して姉から骨髄移植は出来ないと言う返答がありました。母親と弟は姉に頼み込んでも首を縦に振る事はなかったそうです。私は姉からの拒否の返答にホッとしました。逆にこのことが功を奏したのです。もし姉から骨髄提供を受けていたら、一生恩着せがましい行為を受けていたでしょう。

 

翌日、姉からは提供されないことを伝えると主治医からドナー探しの説明がありました。

確か、その時だったと思います。私は主治医に言いました。化学療法(抗がん剤治療)では無理でしょうか?

 

裏を返せば、病院の中では至って元氣なのにリスクが大きい骨髄移植を受けないといけないですか!と言う反逆ののろしだったのです。一言モノ申すものです。翌日、主治医から検査結果は陽性反応ですが限りなく陰性です。と言われました。

治療方針が変わりました。抗がん剤大量投与・計4回の治療を施します。退院予定は今秋になります。半年先になるのかと思い愕然としましたが、終われば元の生活に戻れると氣を取り戻して治療を受けることに専念しました。

 

あとで分かったことですが先生も人間です。沢山の患者さんを診ているので細かいところまでの配慮は難しいのです。勤務医は激務だと思います。主治医の先生からの言葉で心に残っていることがあります。

 

私が一言モノ申した翌日に、治療方針のことを昨日考えました。と言われたのです。私が意見を言わなければ、先生に言われたことを鵜のみにして従っていたら、この世に居なかったかもしれません。決して骨髄移植を否定しているわけではありません。

医師の判断によって生死が決まります。自分で決断する強い意志も必要ではないでしょうか!

これから入院して治療される方は治療で治してもらうと言う発想から、最後は自分のカラダと心が治すと強く覚悟を決めることです。

 

治療方針が変わった経緯は入院中でも私は元氣だったからだと思います。入院生活をルーテインワークにして過ごしていました。午前6時起床、午後9時消灯です。私は逆算して行動しました。朝4時くらいには目が覚めるので5時になると一階のコンビニに行ってホットコーヒーを飲みながらネット配信される新聞を読んでいました。

 

6時には病室に戻り検温します。その後、ブログ記事を書いて毎日配信していました。8時には朝食です。一日3食です。動いていないので便秘になるのは当たり前です。下剤は飲みませんでした。

 

ガン改善のためにも当時お世話になっていた整体院のオーナーさんからミネラルと言う液体のサプリメントを飲んでいました。これが苦くて不味いものでしたが毎日大量の水様便の排泄がありました。奇跡の生還ができたのも一つはサプリメントのお蔭です。

 

朝食は必ずパンを食べていました。この時は朝食断食を止めていました。入院生活は時間の過ごし方で体調も体質も変わると言えるでしょう。朝食後、ナースステーションに行ってシャワー室の予約時間を取りに行っていました。午前中は主治医や医長の回診や検査がありますで。なるだけ病室に居るようにしていました。

 

その間もブログ記事を欠かさず書いていました。アメーバブログにてアトピー記事を毎日配信していました。メルマガ読者を集めて酵素を販売しました。アフィリエイトで稼ぐことに集中しました。130人くらいの読者に向けてメルマガを毎日送って最初の販売です。確か13人くらい購入して頂きました。売上5万円くらいです。

 

しかし、私の手続きミスにより売上は手元に入りませんでした。2回目もトライして3万円くらい収入がありました。自分としては30万円くらいを見込んでいました。ちょっとショックでした。

 

 

小遣い程度の収入でしたが、やることがあることは良かったと思います。入院生活は退屈です。ダラダラ過ごしていたら、人間はロクなことを考えません。なるだけ暇な時間をつくらず過ごしたことも完全復活できたことに繋がります。もっと稼げる方法はないかと常に考えていました。

 

午後からはネットや映画を見たりしていました。3日に一回は10階のコインランドリーで洗濯をしていました。私はせっかちな性格なのでエレベーターを待つのが嫌で7階から10階まで非常階段を歩いていきました。いつも心臓がバクバクしていました。暇さえあれば10階に行っていました。天気のいい日は富士山を眺めるのをご褒美にしていました。どんな状況でも細やかな幸せを見つけるのは大事です。

 

坂の多い街に住んでいる人に便秘症が少ないと言います。階段の昇り降りは足腰を鍛えるには良い方法だと思います。

 

一回目の命を救うための抗がん剤治療を終えました。体重が6~7Kg減りました。59kgでした。痩せ細ったカラダつきに主治医も家族も痩せたね!と全員に言われました。

 

2回目の抗がん剤治療を終えてから、ほぼ元の体重に戻りました。これは驚異的なことだと思います。これにはカラダの使い方に秘密があるのです。マナストレッチを長年続けてきたお蔭なのです。

 

他の患者さんは体力を付けようと一生懸命食べていました。これは逆効果なのです。殆ど寝たきりの生活で一日3食食べます。なおかつ間食をして胃腸が荒れている状態です。お腹が空いた感覚になるのです。また食べたくなります。食べて体力をつけるのではなく、食べないで動いて体力をつけることです。

 

第二回目の抗がん剤から本格的な治療です。抗ガン剤大量投与が始まりました。実質、白血病を治すための治療です。計4回受けて順調なら今秋退院する予定です。65歳の人が治療すると死に至る量の抗がん剤が体内に入っていきます。治療中は吐き気もあり食欲もなくなりました。熱も出たりして体力は落ちていきます。

 

一度だけ43度の高熱が出ました。この時ばかりは看護婦さんから車いすを使いますか?と言われました。私は断りました。トイレに行くのも手すりに掴まって歩いて行きました。

 

 

約一週間で治療が終わります。経過観察期間です。赤血球や血小板が減ります。輸血を何度もしました。そうこうしているうちに歯茎に痛みが出るようになりました。痛くて食べ物が噛めない状態になりました。原因は歯茎が緩み、親知らずが下に下がり歯茎に当たって炎症を起こしていました。

 

 

元々、左奥下の親知らずは抜いて無かったのです。左奥上の親知らずが下がってきて下の歯茎に当たり炎症を起こしました。急遽、親知らずを抜歯することになったのです。炎症を起こしている状態で抗がん剤治療を受けることは肺炎など死に至る病気を併発させる可能性があります。その影響で不幸中の幸いなことに2週間の退院許可が出たのです。

 

何はともあれ一時的ですが退院できたのです。嬉しかったです。

 

抗がん剤治療のため、鎖骨下静脈に点滴針が刺さっている状態です。三日に一回は炎症が起きてないか通院して診て頂きました。

2週間の退院期間は家事を行いました。娘の送り迎えを出来る限り行いました。まもなく2歳になる娘は父親が大変なことになっていると感覚で分かったいたと思います。いつもお風呂を一緒に入っていました。私が入院してからはお風呂に入るのを嫌がったそうです。いつもと違う雰囲気に拒絶してたかもしれません。

 

 

私が2週間だけ自宅にいた時もよそよそしい感じでした。この時、想像以上に体力が落ちているのを実感しました。商店街を歩くだけでもフラフラするし疲れました。歩くだけで心臓がバクバクしたのを覚えています。しかし、日常の生活に戻れることに心から感謝しました。1人でないんだ。家族、親族、お世話になっている方々に支えられていると実感しました。

都合の良いのが人間です。普通に暮らしていることが当たり前になるのです。当たり前の反対語はありがとうです。常日頃、忘れがちな感謝の氣持ちを言葉に表すことで自分自身も周りの人たちにも良いエネルギーが発せられます。好循環になっていきます。ありがとうを言葉にしましょう。あっという間に2週間が経過して病院に戻りました。

私は当初、無菌室の4人部屋での入院生活でした。一時退院から再入院した時には6人部屋に移されました。このことも自分にとっては回復に一歩前進しているんだと嬉しくなりました。

 

残念なことですが、無菌室に入院されている他3人の患者さんは全員お亡くなりになりました。中でも印象に残っているのが35歳と50歳の方たちです。35歳の方は毎日お母さんとお父さんがお見舞いに来てくれていました。一人息子さんで溺愛されていました。他愛もない会話を横で聞きながら感じたことがあります。

 

世間話をしているときは幸せなんだと思いました。不平不満・愚痴・悪口ばかり聞かされると氣分も悪くなるし迷惑千万です。微笑ましい会話こそが幸せを引き寄せるのだと実感したものです。35歳の男性は二回も骨髄移植をして無事に退院はしました。私が退院してから一年後くらいに検査のため通院して看護師さんから聞いた事ですが、その後、呼吸困難になりお亡くなりになったそうです。

 

 

私は、その時に強く思ったことがあります。お亡くなりになった方の分まで元氣で健康に過ごして、人のお役に立つことをしようと決意しました。

 

冒頭でも言いましたが、今は3人に1人がガンになります。ガンは突然変異、予測不能と言われます。早期発見早期回復が望ましいです。比較的に白血病は助かりやすいと言われています。しかし、亡くなっている方が多いことは事実です。

 

現在、私は体内にガン細胞は存在しません。定期的な骨髄検査も終わりました。これから述べることは白血病に関する私の見解です。あらゆる疾患はカラダの詰まりです。白血病は腸の詰まりです。

 

東洋医学では腸は造血器官と言われています。氣の生成器官です。本心を司ります。免疫の80%は小腸に存在します。栄養を吸収する器官でもあります。元々、私は腸の吸収率が悪かったのです。腸の内壁が荒れているので皮膚に炎症を起こしやすかったんです。20歳から20年以上アトピー性皮膚炎でした。

 

 

アトピーを含めてアレルギー体質は肺の疲弊です。私は周りの目を過敏に気にしていました。人の顔色を伺いながらスキを見せないように振る舞っていました。子供の頃、過保護に育てられて依存心の塊りのように成長していきました。

 

 

わがままで自己中心的なのは子供の頃に作られました。至れり尽くせりの性質は社会に対して拒絶反応を起こします。それがアトピーとして表現したのです。このことを頭で分かっていたからこそ変えようと努力したんです。白血病になったのは暴飲暴食や休まずに仕事したことが直接的な原因です。これは引き金です。子供の頃からの性質が影響しています。なるべくしてなったのが白血病です。

 

18歳のとき腸閉塞に罹りました。約一ケ月入院しました。前日にピラフと金時豆を食べていました。鼻から管を通されて胃液を吸い上げました。ピラフや金時豆のカスが管を通っていったのを覚えています。消化不良は食べ物だけではありません。社会や人に対しても消化不良を起こします。

 

自閉症や引きこもりにならなかったのは自分なりに社会へ立ち向かったからです。わがまま・自己中心的・依存心を腸閉塞や白血病でカラダを洗い流してくれたんです。そして元氣で健康とは動くことだと悟りました。

 

 

白血病から生還してから一歩も引くことはなかったです。今でも走り続けています。単純に血液が滞る部位にガンは発生します。白血病は腸の詰まりです。便秘症の人が全員白血病には罹りません。その違いとは思い込みの量です。

 

頑固なほど絶対〇〇になると決めている人ほど白血病に罹りやすいのです。このエネルギーの方向を変えるだけで良いんです。自分だけのエネルギーから自分たちへのエネルギーに変えることです。

あらゆる疾患は、自分のカラダを自分が攻撃して痛めつけているんです。

私は今まで盲腸炎・蓄膿症・副鼻腔炎・ものもらい・結膜炎・アトピー性皮膚炎・花粉症・便秘症・冷え性・腰痛・近視・腸閉塞・扁桃腺膿炎・急性骨髄性白血病・肋骨骨折など病氣やケガを15種類以上経験してきました。今振り返ってみると子供の頃から根付いていた依存心から脱却するための手段だったと思います。

 

人が病氣や困難なことに向かい合うとき、何に誰に出会うかで決まると言えます。背中を後押ししてくれるものが見つかれば、人生は自分らしく豊かでハッピーに送れるのです。

 

マナストレッチでガンが消えた

私は元々、幼少の頃から病弱で数々の病氣を体験してきました。3歳の盲腸炎から副鼻腔炎・蓄膿症・中耳炎・虫歯・結膜炎・ものもらい。高校を卒業して19歳のときに腸閉塞に罹りました。21歳までに3度の入院。親父が死んだとき、子供が生まれる一週間前にも腸閉塞で2度も一日入院。このときは仕事があると言い強引に1日退院しました。

 

 

扁桃腺膿炎で1度の入院・花粉症・近視・腰痛・便秘症・アトピー性皮膚炎、花粉症、極め付けは急性骨髄性白血病です。このような経緯があります。冷え性で怠惰な性格が病氣を引き寄せました。このことに気付いたのも整体師になってから分かりました。

 

15年前に民間の整体学校に通いました。整体師となりました。それまではカラダに不調があるとお医者さんに掛ることが当たり前でした。整体師として働き始めてからです。カラダのあちこちが痛くなりました。背中に痺れやコリが取れない状況が暫く続きました。整骨院・鍼灸院に通っても一向に良くなる気配がありませんでした。

 

 

そんな折に本屋で目に付いたのが矢上裕先生の自力整体でした。本に付属しているDVDを見て実践しました。自力整体の実技を続けてからです。カラダから痛みやコリが消えました。驚いたのが便秘が改善していました。大量排便が頻繁にあったのです。私は自力整体の指導員になることを決めました。すぐに矢上先生の指導者研修を受講しました。

 

 

その後、自力整体教室を開始しました。自分で企画して始めて立ち上げた自力整体教室です。最初の生徒は一人でした。お月謝を頂いた時は感動しました。お給料ではないんです。自分で稼いだと言う達成感がありました。何よりも自分の考えに共感して共に行動して頂ける人がいることに感動しました。

 

 

幼少の頃より病弱だったのは肉体と心に問題があることを少しずつ気付き始めたのです。自力整体のお蔭で疲れないカラダを手に入れました。食べても太らないカラダも手に入れました。

 

 

しかし、椅子に座った時に左背部の痺れは取れませんでした。左足を台などに乗せると痺れが消える状態だったのです。右手首のガングリオン、右脚の開脚がやりづらい状態でした。大したことはないだろうと軽視していました。

 

自力整体教室を始めてから4~5年が経過しました。相変わらず、この症状は消えませんでした。そうこうしているうちに急性骨髄性白血病に罹ったのです。カラダに良いことをしているのに、なぜ白血病に掛かるのか?と思われたでしょう。

 

 

あらゆる疾患は症状即療法です。白血病は血液のガンです。ガン細胞を利用して血液を浄化したんです。ここで助かる人と亡くなる人に分かれます。この違いとはカラダの心に余力があったからです。使い果たすから死を迎えるのです。前述していますが入院中、私は最初の抗がん剤治療で6~7Kg痩せました。

 

 

しかし、2回目の抗がん剤治療後、元の標準体重に戻っていきました。これは驚異的な事だと思います。他の患者さんは痩せ細るばかりで見るからに病弱そのものでした。

 

これは自力整体教室を続けてきたお蔭なのです。物を持ったり、歩いたりする時に使われる筋肉は使わないと痩せ細っていきます。主に体重を支える筋肉群を鍛えていると一時的に痩せても老廃物を出す力があれば、元の体重に戻っていきます。

 

後々、マナストレッチを考案してから気付いたことですが、自力整体教室時代も私は胴体を伸ばしたり、反らしたり、捩じったりしていました。要は自力整体以外の動きを誰に教わることなくカラダが自然に動かしてくれたのです。

 

結局、どんなに素晴らしいメソッドを実践しても、食生活や心の乱れを正さない限り大事に至るのです。明日は我が身です。若い時は永遠に生き続けられると勘違いしています。生まれた瞬間から死に近づいています。

 

 

何を行うにしてもカラダが資本となります。健康になることが人生の目的ではありません。自分らしく楽しく幸せに過ごすことが人生の目的です。だからこそ、カラダと向かい合っていかないといけません。

 

 

自力整体を続けていくうちにカラダの動かし方にマンネリ化が生じていきました。自分のカラダと真剣に向かい合うことが出来たのも白血病のお蔭です。家族には迷惑を掛けているけど病氣に罹ったことに感謝しています。退院したら、今まで以上に予防医学を真剣に取り組もうと決意しました。より一層カラダの動かし方を研究するようになりました。

 

2012年10月19日に退院しました。殆ど休むことなく、翌月からマナストレッチ教室を再開しました。他と比較したことがないので分かりませんが自画自賛する行動力だと思います。7ヶ月間病院で寝たきりの状態は想像以上に体力が衰えていました。

 

 

街中を歩くだけでフラフラして疲れました。娘を抱っこして歩くと心臓がバクバク動いて苦しかったです。教室で実技中も少し貧血ぎみでフラフラする状態でした。今振り返ると少し無理をしたことが良かったのです。

 

 

この時大事を取って休んでばかりいたら白血病が再発したと思います。この世に居なかったと思います。感覚で分かります。家族を支えなければいけないと言う使命感が自分を突き動かしたのでしょう。人間は窮地に追い込まれると本来の力を発揮出来るものです。

 

新しい動きを取り入れようと考えた矢先に伊藤昇先生の胴体力を学びました。胴体の動きには「丸める・反らす、伸ばす・縮める、捩じる」、この3つしかないことを知りました。早速実践しました。私は全てに於いて言えることですが完全コピーしないのです。参考にする程度にしてカラダが感じるまま動かします。それがオリジナルになると思います。

 

 

マナストレッチに進化したのはカラダの捩じりから始まりました。今まで変わらなかった体質が変わったのが驚きでした。カラダの動きには内臓の働きと感情に深く関連があります。前後の動きは抑制や我慢の感情と関連があります。好き嫌いの感情は左右の動きに関連があります。捩じる動きは勝ち負け、耐えること、開閉の動きには本能に関連があります。

 

つまり、感情の変化によって動きに制限が出てきます。動きを滑らかにすると感情もコントロール出来るようになります。カラダが硬くなると固定観念に振り回されます。悩みは悩みの向上に過ぎずと言います。悩みに押し潰されそうになったら、まず、カラダを動かしてみませんか!エネルギーのベクトルを自分にとって建設的なことにシフトするのです。

 

 

やりたいことが分からないのは周りや人に氣を取られている場合が殆どです。本質の自分を理解するためにもマナストレッチを実践すると自分との対話が出来るようになります。体調や氣分は日々変化するものです。どんな時でも一つのことをやり遂げる力こそが人の魅力の向上です。

 

マナストレッチは自発的になれるメソッドです。今まで面倒くさいことでも率先して行動出来るようになります。カラダは心・心はカラダです。何事にも前向きになれるので不平・不満を口にしないようになります。

 

 

私たちは本来、「明るさ・温かさ・優しさ」が備わっているそうです。しかし、「比較・競争・上下関係」によって生じる「すねる・怒り・ひがむ」などという感情が発生して、「明るさ・温かさ・優しさ」を抑え込んでいるそうです。この感情を取り除くだけで「明るさ・温かさ・優しさ」が取り戻せるのです。

 

 

私が主宰するマナストレッチ教室では捩じると伸ばす動きが中心になります。捩じる動きに制限が出るほど「比較・競争・上下関係」への思い込みが強くなるからです。本当は一度しかない人生を自分らしく過ごすのが幸せなんです。ところが周りや人目を氣にして氣を取られて自分を見失って苦しでいる人が多いです。

 

 

カラダを動かせば心も動きます。運を動かすと書いて運動と言います。感情を動かすと書いて感動と言います。感情を感情でコントロールするのは至難の業と言えるでしょう。私はマナストレッチ教室を継続しているから命が救られたと思います。生徒さんが一人しかいない時も風邪を引いて高熱がある時も白血病の時も継続してきました。弱いから強くなれるのです。

 

人生の難問に対面した時でも乗り越えられたのもカラダと心が一緒だったからです。インターネットで知識を詰め込んでも知っているレベルです。出来るレベルになって初めて知っていると言えるのです。

 

 

今、書店やメデイアでもセルフケアーのメソッドは沢山紹介されています。あらゆるものが溢れてコモディティー化(均質化)が進んでいます。低価格競争社会になっています。カラダを動かすメソッドも似たような動きのものが沢山あります。選ばれる時代になりました。流行りのメソッドに振り回されないため、自分のカラダと真剣に向き合うべきではないでしょうか?

 

人生は好不調を繰り返すゲームのようなものです。その時々に一喜一憂せず過ごすには軸が必要です。カラダの正中線は背骨上、頭頂から肛門の一直線です。カラダを動かす軸は左側になります。左側を起点にカラダが動きだすのです。右側はブレーキの役目に当たります。

 

 

自動車の運転で左足でアクセルを踏むと急発進することがあります。これは前に進む力が働いているからです。

 

 

私が主宰するマナストレッチ教室は殆どが女性の生徒さんです。これもアクセルとブレーキの関係なのです。男性性はアクセル、女性性はブレーキの役目を担っています。私が前に前に進もうとすると途中に色んなことを気付かせてくれるのが女性の生徒さんです。自分を振り返るのはブレーキの役目です。つまり、女性性が優位になる時です。カラダの声が聞くことが出来ると必要なことが目に入ってきます。耳にも入ってきます。

 

 

あらゆる疾患はカラダの捻じれから生じます。

 

 

頸椎が捻じれると頭痛・めまい・寝違いなど。胸椎が捻じれると肩こり・背部痛・肋間筋の痙攣。腰椎が捻じれると腰痛・便秘など。カラダは正直です。カラダの使い方や食べ方だけが問題ではありません。

 

 

それが「許せない心」です。人間関係の確執・カラダへの不安・経済的な不安。見えない心が見えるカラダに現れるのです。心の病に罹る人が増えています。身近にうつ病になっている人もいます。心の弱さとはカラダつき・食べ方に関連が深いと思っています。

 

 

私たちが健全な肉体と精神を手にすることはカラダと心を鍛えることではありません。心とカラダに弾力を与えることです。柔軟性です。何事においても闘う姿勢があると息詰まっていきます。人との接し方、食べ方、考え方、これらが偏ってくることでカラダが歪んでいくのです。つまり、心と食べ方の歪みを改善するにはカラダの歪みから改善したほうが早いんです。

 

 

私はマナストレッチのお蔭で命が救われました。本当に心からカラダに感謝しています。自分のカラダさえも信じれない人が人を信じれません。自分のカラダと向き合えるから、人と向き合えるのです。

 

 

一般のストレッチやトレーニングはある一定の部位に負荷を掛けて筋力を強化します。人間は動物です。動く物です。自然界の動物に肉離れや捻挫はありません。人間とペットだけが病氣やケガをします。自然界の動物は胴体から末端へ力をスムーズに伝達することができるので敵に襲われる以外ケガがないのです。

 

 

省エネで効率の良いカラダの使い方は自然界の動物がお手本なのです。私たちは脊椎動物です。屋台骨である脊椎と骨盤から末端へ動きを伝達させるのがマナストレッチです。

 

 

15年の歳月が掛かりました。マナストレッチは未だに進化しています。ここに来てようやく筋トレの要素を取り入れています。体内の熱の発信源である肚を鍛える動作を加えました。明らかに免疫力が上がりました。

 

 

カラダのお手入れとは骨際を意識することです。関節にすき間を与える動きです。背骨間が適度にすき間ができること。骨盤に開閉力があること。この2つは相まって背骨は生理的湾曲の形状にあります。カラダの動きに制限がなく31対ある神経伝達がスムーズに行われます。

 

 

私たち一般人はアスリートではありません。人生の最後まで自分のことを自分でできるカラダを作っていけばいいのです。筋力より筋肉の弾力です。それがマナストレッチです。

 

マナストレッチでアトピーが完全消滅した

私は18歳くらいからアトピーが発症しました。最初は背中が痒くてポリポリと指で搔いていました。肩上部と首にアトピーの症状が出ました。鏡で見ると明らかにアトピーと分かる皮膚でした。それでも25年以上、皮膚科に行かなかったんです。それはステロイドを過剰に拒絶してたからです。薬を拒絶してたんです。

 

 

人の感情と言うものは面白いし恐いです。影響を受けた人の言葉を鵜呑みにするからです。良く言えば純粋、悪く言えば頑固です。このことがアトピーをカラダに引き寄せたことも25年の歳月を経て気づいたことです。

 

 

アトピーは肺の疲弊が原因です。肺は最初に環境を受け入れる臓器です。拒絶すると肺は萎縮します。姿勢は猫背姿勢になります。このことによって肺は窮屈を感じてストレスを溜め込みます。命に直結する臓器は関連する六腑に助けを求めます。それが腸になります。腸は肺のストレスと食べ物も受け止めるので腸内が荒れていきます。腸の腐敗物を皮膚で排泄しようとします。これがアトピーの正体です。

 

もちろん、ジャンクフード、白砂糖、小麦粉などの摂り過ぎも影響があります。しかし、同じ食生活でもアトピーにならない人もいます。これはカラダが受け入れるか、受け入れないかの違いです。アトピーは性質からくるカラダに問題があります。心はカラダ、カラダは心です。カラダから変えることが先決です。

 

しかし、心の癖を理解しないでカラダのメンテナンスに着手しても根本が分かっていないので効果は期待できません。

 

 

アトピーに罹る人の性質は良く言えば真面目で純粋です。その反面、ある部分的なところが自己中心的なんです。特に人を見下すところです。

 

 

例えば、会社の上司から指示されたことに反感を抱きます。心の中ではお前に言われたくないと思っています。裏を返せば仕事ができない奴に言われたくないと思っています。逆にアトピーにならない人は上司と闘わないです。仕事だからと割り切って淡々と業務をこなします。悪く言えば仕事に思い入れがないんです。

 

 

アトピーの人をたくさん見てきました。会社を辞めると決断してからアトピーが改善した例もあります。親の介護でアトピーになった人もいます。親が亡くなってからアトピーが改善しています。心の奥底で何で私がしないといけいなの?と思っています。場所を変えても環境が変わっても本質を変えないと根本的な改善とは言えません。

 

 

その本質とは依存です。依存心から脱却しない限り根本から変わりません。真面目で純粋な性格は不真面目な人を見ると許せないんです。これはユングの心理学では影の自分の表れです。本当は心の中で抑え込んでいる自分です。本当は自分のことが許せないんです。その許せない感情がアトピーを引き寄せているんです。自己免疫疾患です。

 

 

人は他人です。他人の人生まで責任を持てますか?冷酷に聞こえるかもしれません。あれもこれも手助けすることは人の成長を止めます。やってもらって当たり前になります。やる人はやる。やらない人はやらないんです。やる人は貴方の姿を見ています。必ず共感する人しか集まってこないです。割り切ることです。自分のことに集中しましょう。

 

 

肺が窮屈を感じてくると上下関係や抑制させることに敏感になります。性格の発信源元は内臓から負のエネルギーが経由して筋肉を硬直させます。それが背骨でファイル化されます。背骨から経由して脳で統合化されます。これが性格の正体です。ちなみに肺は抑制や我慢、胃は好き嫌い、腎臓は勝ち負け、肝臓は怒り、心臓はくよくよなど。

 

 

陰陽五行論をご存知の方ならお分かりですね。アトピーに限らず、あらゆる病氣は脳から正しい命令が出ない状態です。それは内臓から負のエネルギーが脳で統合化されたものです。内臓を浄化することはアトピー改善には必須です。それはカラダに良いものを食することではありません。浄化する時間帯を確保することが大切なのです。

 

 

食べる時間より食べない時間のほうが精神が落ち着くことを認識すべきです。お腹が空いてイライラするのは胃が荒れているのです。食べれると言う確約があるので期待が高まります。このことが感情を揺さぶるのです。予め食べるものがないと認識するとイライラは収まります。期待感と依存心は表裏一体です。依存心がイライラさせるのです。依存心からの脱却は食べない時間を設けることです。

 

 

私は今まで5万人を施術してきました。アトピーで悩んでいる人もたくさん診てきました。アトピー体質・体型の特徴です。背中が後湾型の老人体型です。肺と腸が圧迫されています。お腹が冷えています。捩じる動きに制限があります。勝ち負けや優劣などに劣等感を抱いています。人目を気にしています。臆病で短氣です。

 

 

人によりますが指示されることに拒絶反応を示します。どちらかと言うと自営業タイプです。一つのことに拘りを持つと同じことを続けます。例えば、好きな食べ物も飽きるまで食べ続けます。

 

 

要するに好きなことが見つかれば、心とカラダのキャパシティーが広がりアトピーは簡単に改善していきます。

 

 

アトピーの肌は腸を裏返した状態です。痒みは部位に関係なく肝臓の疲弊です。このことから本能と怒りを抑え込んでいるのが分かります。許せないことを捨てていくことでアトピーは改善していきます。心も問題もカラダの問題も筋肉をガチガチに硬直させます。

 

 

私たちは小さい頃からの心の消化不良を筋肉の中に置き去りにしたままになっています。ガチガチになった筋肉が背骨を歪ませて今のカラダとなっています。なかなかアトピーが改善できないのも筋肉と心の硬さを取らないといけないのです。単純に運動不足や過食だけが原因ではないのです。アトピー改善は難しいのではと思われたでしょう。そんなことはありません。最短でアトピーを改善する方法はあります。

 

 

私は25年もアトピーでした。結果的に3ヶ月くらいでアトピーは完治しました。その方法とは3つです。

①マナストレッチでカラダの歪みを改善したこと。

➁16時間朝食断食の習慣化

③皮膚科で漢方と塗り薬を処方

 

25年苦しんできたアトピーが薬を併用したことでたった3ヶ月で完治したんです。拒絶とは許せない心です。思い込みを一旦捨てて、何事もチャレンジしたほうが良いんです。強い拘りは自分を責めるようになります。

 

 

一度手放すことで違う世界観が広がります。許せる心を持ち合わせると色々なことに気付き始めます。アトピーと言う自分の見た目が許せないんです。許してあげましょう。見た目に敵対しないことです。色んなことを試しても一向に変わらない人は、徹底的にカラダを動かしませんか?

 

あらゆる疾患は筋肉の異常から始まります。アトピーの筋肉反射は首と肩です。初期の症状は首と肩にアトピーが出ます。腕や肘に出た場合は脳の疲弊です。顔全体は胃腸が極度に疲弊しています。食べ物を野菜や果物中心に変えても悪くなることはないです。改善も微々たるものです。

 

要するにアトピーは低体温で肺が疲弊しています。低体温の大きな原因がお腹が冷えていることです。半身浴や腹巻きをしても自家発電能力がないと低体温は改善しません。熱の産生は筋肉が40%を占めています。次が脳、肝臓と続きます。

 

一般のトレーニングやジョギングなどで体温を上げるにはアスリート並みの運動量が必要です。マナストレッチのレッスンでは体重を支える筋肉に弾力をつけていきます。さらに足脚を鍛える動きがあるので腹圧が上がっていきます。結果的に体温が上がっていきます。

 

 

一般のストレッチは硬くなった筋肉を伸ばすものです。ある一定の部位に対してカラダを動かします。マナストレッチは頭・顔・首・手足は背骨や骨盤からの延長と捉えています。

 

 

つまり体幹から末端に力をスムーズに伝達させるトレーニング法なのです。自分の体重を利用して「前後・左右・上下・捩じる・揺らす・押す」動きをしています。カラダの歪みが改善されると自ずと体温は上がり免疫力も上がります。

 

さらに食べても太らないカラダが手に入ります。夢のようなことが現実に起こります。要するに筋肉クリーニングをしています。

 

骨格筋だけのクリーニングでは根本的な改善と言えません。内臓筋(平滑筋)のクリーニングが必要なのです。断食で治せない病気は医者では治せないと言われます。私たちが本断食を試みるとカラダに危険なことが多いです。その前に続きません。

 

 

本断食の効果に劣らないものが16時間朝食断食です。朝食を水分のみにします。生の果物や野菜は食べてもOKです。火を通したものを朝食に食べないんです。食材は火を通すと美味しくなります。私たちが思っている以上に体内で消化のために無駄に酵素を使われています。このことが想像以上に内臓をくたびれさせています。慢性的な疾患の殆どが内臓の消化不良と排泄不良です。前日の夕食から昼食までの16時間を食べない時間にします。空腹時間は治癒時間です。

 

 

筋肉と内臓筋のクリーニングを寝ている間に行います。朝起きた時間から昼食まで排泄時間なのです。16時間朝食断食を習慣化すると一日3食のときと比べると3倍の排便量になります。食べないほうが排便が増えます。アトピー体質は炭水化物に依存する傾向があります。一つのものを突出して食べ続けるとお腹が冷えていきます。無性に食べたくなるのも筋肉に問題があります。できるならマナストレッチと16時間朝食断食は習慣化して欲しいです。

 

 

アトピー肌を見た目にも気になります。一度皮膚が変化してものをキレイに改善するためには並々ならぬ努力が必要です。薬だけに依存すると皮膚に反応が出て、黒ずんだ皮膚になります。これも骨格筋と内臓筋がクリーニングされていないからです。信用のある皮膚科を見つけて薬を処方してもらいましょう。薬を常用しなければ大丈夫です。但し、筋肉と内臓筋のクリーニングが必要です。

 

 

自分なりの思い込みや拘りを一度捨てて下さい。正しいトレーニング法と食事法の習慣化と必要なときに医療のお世話になること。これが一番の近道です。アトピーに限らず体質改善になるのがマナストレッチと16時間朝食断食の実践です。

 

 

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